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大矢前施設長メッセージ社会福祉法人 ひょうご聴覚障害者福祉事業協会 

大矢施設長

 

 

特別養護老人ホーム 淡路ふくろうの郷

前施設長 大矢 暹(おおや すすむ)

 

 

 

-淡路ふくろうの郷 施設概要-

『一人ひとりを大切に』 そして 『共に生きる』
『人権と共生』

これは、私ども社会福祉法人の設立理念であります。
また施設運営のコンセプトでもあります。
 『一人ひとりを大切に』という言葉には、ろうあ者の人権擁護を通じて、すべての人権を守り発展させて行きたい・・・
そのためには、共に手を携えて歩みを進めて行きたいという願いをこめております。
 『一人ひとりを大切に』 
この、当たり前のことを、なぜ、わざわざ掲げなければならないのか、それは、ろうあ者や難聴者が「人としての尊厳」が踏みにじられ、
人権尊重とは程遠い状態に置かれてきた歴史と現実の反映であります。

具体的に説明申し上げます。
ふくろうの郷の定員は短期10名と、長期が60人であります。
60名の長期入所者のうち、難聴者が約10人・ろうあ者が約40人です。
約40 人のろうあ者の中で、実に11人が義務教育の機会を得られず、はっきり申し上げて、義務教育から完全に排除されました。
実に半数に近い21人の方は、たった1枚の卒業証書もお持ちでありません。
自分の名前はおろか、自分を産んだ親の名前も文字にすることが出来ない。
そんなことで、自己の尊厳を守れるでしょうか?
ゆたかな人生を創っていけるでしょうか?

結婚も許されなかった方、断種手術をされた方もいます。
「これが我が子です」と、手作りの人形を50体も入所時に持参されました。
入所前の生活状況では、在宅に次いで病院が多いです。
精神病院からの方が少なくありません。
中には17歳から70歳まで 実に53年間も身をおくことが許されたのは、唯一、精神病院だと語る方もいます。
いったいどんな思いで耐え忍ばれて来られたのでしょうか 

ふくろうの郷が建設されなければ、彼は、生涯、精神病院に身を置かねばならなかったでしょう。
常時医学的な管理が必要な重い病気ならともかく、生涯を病院に隔離するなど人道上も、許されるものではないと申し上げねばなりません。
問題は、彼だけではないのです。

ろうあという障害に、知的障害や視覚障害などが重複している場合、何かのトラブルをきっかけに、 社会防衛などの理由で精神病院に長期隔離される場合が少なくありません。

なぜこういうことになるのかと申しますと、最も大きな問題は
ろう重複障害者に対する労働訓練と発達を支援していく入所施設の整備が遅れている現実です。

労働と発達を支える入所施設の整備は公的に進められねばなりません。
残念ながら、そうした認識・理解が弱く、 兵庫県には一箇所も整備されていません。
労働と発達を援助する生活施設の整備が推進されなければ、いつまでも精神病院に施設の代りを押し付けることとなるでしょう。

特別養護老人ホームの長期入所で、介護度1やⅡの方は、ほとんどいません。
ところがふくろうの郷では、15人、25%が介護度ⅠやⅡです。
実に介護度ⅠとⅡで4分の1も占めています。

これは、どんな問題をあらわしているか考えて見みます。
ろうあ者・難聴者が在宅で暮らしていきたくても、支えるための デイサービス・ホームヘルプ・短期入所など、食事と医療・健康・生きがいのニーズに応える『地域福祉』のサービス整備の弱さ、貧困であるという現実を指摘していると思われます。

ろうあ者・難聴者への、在宅・地域生活を支えるサービス整備の貧困を解決していくには、「生活支援の拠点」として相談機能・手話通訳派遣などの機能を含めた「グループホーム」などが県民局単位、健康福祉圏域単位に整備されることが急がれるのです。

さて、以上説明しましたような実態を踏まえまして、『ノーマライゼーションの推進へ、核になる施設を』
『国際障害者年のテーマ・完全参加と平等』を推進するため聴覚障害を配慮した特別養護老人ホーム建設の機運が盛り上がってまいりました。

とりわけ、あの阪神淡路大震災の苦難の体験が大きな契機となり、平成14年6月、『ひょうご高齢聴覚障害者施設建設委員会』が設立されます。
ここに来て、ついに、淡路ふくろうの郷の建設と社会福祉法人の創設をめざす、3年6ヶ月にわたる大運動がスタートしたのです。

総事業費約14億円のうち、5億円も占める膨大な自己資金の達成は、まさに、運動の主体であったろうあ者自身と、そして友人である手話サークル・通訳者が、自らも多額の募金に応じてがんばりぬいた証であり、兵庫県を始め、行政関係者、幅広い県民の共感と支持の証でもあります。

当初5億円を想定していた国庫補助金は、最終的には2億4000万円となりました。
 このため、デイサービスと地域交流スペースの断念を内容とした基本設計の縮小を余儀なくされたのですが、地域交流スペース分は、洲本市が「ふるさと融資制度」一億円融資の制度の活用が出来るようにご配慮いただきました。

地域交流スペースの復活はこうした洲本市の大きな支援のおかげです。
とはいえ、借入金が6億2500万円に膨れ上がりました。
毎年3300万円の返済を20年間踏ん張る必要があり、開所後の経営に重い負担を強いています。

ともあれ、こうして、ふくろうの郷は、新型ユニットケアの特別養護老人ホームとし平成18年4月1日に開所できました。
聴覚に障害を持つ方々も安心して暮らしていただけるよう配慮した、兵庫県では始めての施設の誕生です。

御支援いただいた兵庫県行政の皆さん、議会関係の皆さん、婦人会や社会奉仕団体、市民団体、企業、そして大勢の市民・県民の皆さんに、重ねてお礼申し上げます。
開所記念の祭りには、なんと2000人の方々の参加してくださいました。

互いに、がんばりぬいた建設運動の完遂を讃えあい、みんなが見事に竣工したふくろうの郷を誇らしげでした。

また、県内の各地から、入所を切望されていた方が次々とくらしの場を移してこられ、短期利用も夏すぎから本格化しました。

中川原地域の方々は、地域の有志20人で「地域交流委員会」を組織されました。ふくろうの郷の応援団でもあり、ご意見番でもあり、交流事業の企画実施の推進を担ってくださっています。

これまでのご理解とご支援に改めてお礼申し上げ、今後の御指導をお願いしまして、施設概要といたします。ありがとうございました。

平成19(2007)年4月 記

-ひとりぼっちの人をなくそう-

「ひとりぼっちのろうあ者をなくそう」というのは、兵庫のろうあ者の合言葉で、その合言葉の交わし合いが、幾重にも波紋を広げ、響き合い、「淡路ふくろうの郷」を生み出し、ふくろうの郷の理念「一人ひとりを大切に、共に生きる」の理念ともなりました。

聞こえない・話せないという機能障害だけが、一人ぼっちに追いやるのではありません。ろう高齢者は家族を持つこと、つくることが抑圧され、相対的に配偶者・子どもがいません。戦中は「戦力たりえないもの」と烙印を押され、国家総動員のもとで劣悪な条件で働かされ、それ以外の者は、在宅放棄、精神病院、施設に隔離されました。それは平成の今も引きずっています。

障害者自立支援法がそうです。社会サービスを「受益」として1割負担を課し、やむなく在宅化、ひとりぼっちに追いやる事例が相次ぎました。一人ぼっちを決定づけたのはそうした政策、人々の中の未熟な障害者観や自己責任論です。

こうした歴史の上に生まれたふくろうの郷だから、地域に目を向け、地域の「一人ぼっちの人をなくそう」という流れに動くのは自然な方向です。

地元の連合町内会や民生児童委員、立命館大学の石倉先生、学生さんたちの意見や知恵の出し合い、力添えで具体化されてきたのが、「なんでも相談室」「おたがいさま中川原」「ふれあい広場桜ヶ丘」など、来年春から旧中川原中学校の校舎で展開される新しい地域共同化の事業です。

あわせて、この仕組みを兵庫の聴覚障害者の暮らしの場にも広げようと、その拠点・地域聴覚障害者センターの構築が進められています。記念誌・ふくろうの郷物語も教材にして「暮らしを語る会」を開いていきましょう。

2012年も、みなさまと手を携え、歩みを更に前に。変わらぬご指導ご支援をお願いします。

平成23(2011)年12月 記


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